iモード第1号機、横モーション、虹彩認証ゼロからの新技術開発の裏側とこれからのスマホ

携帯事業30年の歴史で積み重ねてきた新しい取り組み、その裏側を探る。画像はFCNT社員のみなさんとのリモート取材の様子
携帯事業30年の歴史で積み重ねてきた新しい取り組み、その裏側を探る。
画像はFCNT社員のみなさんとのリモート取材の様子

FCNT株式会社が、(当時富士通株式会社として)初となるNTTドコモ向けの携帯電話「mova F(TZ-804)」を世に出したのは1991年のこと。同社の携帯電話事業がスタートしてから30年以上が経過したことになる。ここ10年、ずっとarrowsシリーズのスマートフォンを使い続けているほど思い入れのある筆者だが、それを知ったのはケータイ Watchの編集長の関口氏と打合せしていたときのことだった。

30年前といえば、筆者は中学生で、関口氏は高校生。学生が携帯電話を持つことはほとんどない時代だったから、2人とも当時の携帯電話の思い出はもちろんない。ただ、モバイルインターネットを切り拓いたiモード端末が登場する2000年前後からの記憶はうっすら残っている。

富士通の初のNTTドコモ向け携帯電話「mova F(TZ-804)」
富士通の初のNTTドコモ向け携帯電話「mova F(TZ-804)」

実は、NTTドコモが満を持して投入した日本初のiモード端末の第1号機は、1999年2月の「F501i HYPER」という機種。つまり、富士通製の「F」シリーズから始まったのだ。また、今のスマートフォンでは当たり前のように搭載されている指紋認証機能も、国内では2003年発売のiモード端末「F505i」が初めてだった。

初めて指紋認証機能を搭載したiモード端末「F505i」
初めて指紋認証機能を搭載したiモード端末「F505i」
関連記事 ケータイ新製品SHOW CASE F505i(フューチャーブラック)(※2003年7月16日掲載記事)

筆者個人としては、その頃仕事でiモード公式サイトの運営をしており、505iシリーズでWebコンテンツやiアプリで扱えるデータサイズが一気に拡大し、表現力が一気に上がった(アプリ開発が一段と大変になった)ことを思い出す。

それはともかく、FCNTはその後もさまざまな新機軸を投入し、2006年に発売したフリップ(折りたたみ)型のiモード端末「F903i」は、「ヨコモーション」と命名された90度回転する可動式ディスプレイ部を世界で初めて(フリップ型端末で)備える機種となった。

主戦場がフィーチャーフォンからスマートフォンに移って以降は、通常の「触れる」だけでなく「押す」こともできる画期的なタッチパネルを搭載した「らくらくスマートフォン F-12D」が2012年8月に、世界初となる虹彩認証機能搭載の「ARROWS NX F-04G」が2015年5月に登場。そして2020年11月には、5Gスマートフォンとして当時世界最薄となる約7.7mm筐体のリファレンス端末をQualcommとの協業で開発し、「arrows 5G F-51A」として発売した。

タッチパネルに感圧機能も備えた「らくらくスマートフォン F-12D」
タッチパネルに感圧機能も備えた「らくらくスマートフォン F-12D」
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Qualcommと共同開発した5G対応のリファレンス端末「arrows 5G F-51A」
Qualcommと共同開発した5G対応のリファレンス端末「arrows 5G F-51A」
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以上はあくまでも一例で、30年の間に他にもそれまでにない多くの機能を盛り込んできている。新しい機種が出るたびに、新しい驚きを提供してくれているFCNTの携帯電話。きっとその影には我々の知り得ない苦労や発見もたくさんあったはずだ。

そんな話をしているうちに、30周年という記念の節目に、当事者だった開発担当の方にそのあたりの裏話を聞けないだろうか、と関口氏。今なら当時話せなかった秘密も、もしかしたらうっかり口を滑らせてくれるかも?

なんて期待を胸に相談してみたら、ありがたいことにオンラインで取材できることになった。果たしてどんな話が飛び出すのか。iモード第1号機のソフトウェア開発を担当した同社執行役員の村田鉄也氏、「ヨコモーション」やその進化版である「スライドヨコモーション」のハードウェア設計を担当した久保洋氏、そして虹彩認証機能を開発した源馬正記氏の3名に、開発当時の思い出を振り返っていただいた。

開発規模が一気に2倍。効率を突き詰めて作り上げた初めてのiモード端末

日本初のiモード端末「F501i HYPER」
日本初のiモード端末「F501i HYPER」

関口 iモード端末が初めて発売されたときはまだ私は学生で、さすがに買うことはできませんでした。その頃の携帯電話のソフトウェア開発がどういうものか想像がつかないのですが、実際のところはどんな感じだったのでしょうか。

村田氏 iモード以前の携帯電話は、機能としては音声通話が中心で、通話品質をいかに担保するかが肝になっていました。トレンドとしては、ハードウェアとしてはフリップ型の出始め、ソフトウェアとしては今で言うSMSのショートメッセージ機能が追加されたところ。そういうときに私もエンジニアとして携帯電話開発に携わることになりました。

iモード端末を開発するという話が降ってきたのは1998年でした。サービス開始は1999年ですから、残り1年もないタイミングです。非常に短い期間で、それまでの音声中心の端末からいきなりインターネットにアクセスするためのiモードブラウザと、電子メールをやりとりするiモードメール用のソフトウェアを開発しなければいけなくなりました。

FCNT株式会社 執行役員 村田鉄也氏
FCNT株式会社 執行役員 村田鉄也氏

関口 まったく新しい機能の開発であることを考えると、それはずいぶん短いような……。iモード以前の端末だとどれくらいの開発期間が一般的だったのでしょうか。

村田氏 半年から1年というのが相場でしたから、初めてのiモード端末も同じくらいの期間しかなかったことになります。しかもソフトウェアの開発規模でいうと2倍には膨れ上がっていましたから、かなり大変でしたね。

関口 iモード用のWebブラウザーというと、アクセスが開発する「Compact NetFront」がベースになっていたのかと思いますが、ソフトウェア開発においては具体的には何が大変でしたか。

村田氏 iモードブラウザの開発は、私ともう1人の社員、そしてそのアクセスの方と一緒に進めていたのですが、Webコンテンツをあの小さい画面のなかにどうアジャストさせるかに苦労しましたね。それまでWebブラウザ−と言えばパソコンなど大画面端末向けのものでしたので、たとえばテキストが画面の横にはみ出したとき、ケータイで横スクロールしながら閲覧する形だとすごく見にくい。それを全部縦で閲覧できるようにする、というのが難しかったんです。

それと、先ほども言ったように開発規模が一気に2倍になってしまいましたので、ものすごい量の不具合が出た。たぶん同じように端末開発していた他社も同じ状況だったと思います。当初は1998年のクリスマス商戦に出すのが目標でしたが、どこも出せなかったんですよね。きっとどの会社も不具合が取り切れなかったんだろうと。そこで我々が、なんとか形にして先に出せた(笑)。

おそらく我々よりも他社が先にiモードブラウザ開発を始めていたと思うんです。このタイミングでパケット通信という方式が新たに加わったわけですが、その部分の開発を先に手がけていたのが他社でしたので。我々の方は経験がなかったため、NTTドコモさんから声がかかったのが少し遅く、後発スタートになっていました。

開発中に、他社で発覚した問題や解決方法などの情報共有はもちろんありません。でも、開発が進めば進むほど、NTTドコモさんからは協力が得られやすくなったように思います。あの頃はみんな、ほとんど寝ずに開発に没頭していましたね(笑)。

関口 たった数人で開発するというのは、想像を絶する大変さですね。もっと人が多ければ楽だったのに、みたいには思いませんでしたか。

村田氏 人が多ければ開発が効率的に進んだとは、必ずしも言えなかったと思います。たしかに少人数で不具合を潰していくのは大変でしたし、携帯電話の少ないリソースにどう機能を載せていくかという仕様決めにも苦労しました。今のスマートフォン開発だと、仕様決めには企画部隊をはじめいろいろな人が関わるんですよね。でも、当時はそのあたりはほとんど1人に任せてもらえていました。シンプルな体制で、何か決めるときは部長に直接相談するだけで済んだので、意思決定のスピードは早かったんですよね。

関口 なるほど。さすがに今のスマートフォンだと数人で、というわけにはいかないとは思いますが、当時としては小回りが利くというメリットが大きかったんですね。では、そういったまったく新しい機能を、少人数の体制で、短期間で開発できたという経験が、今のスマートフォン開発につながっているようなところはあるでしょうか。

村田氏 最近のソフトウェア開発の現場では、不具合を潰していくために、端末にいろいろな仕掛けを入れるなどして知恵を使いながら進める流れになってきています。製品化後は何十万、100万以上のユーザーが使うものになるわけで、使い方はまさに千差万別です。それに比べればわずかな人数のメンバーで開発、評価していくわけですから、いかに効率よく不具合を見つけて直すかは、短期間で開発していくときの勝負ポイントでもあります。

そこについては、我々ソフトウェア開発のメンバーは長けているのではないでしょうか。たとえば社内の他部署の人に渡して試してもらっている端末に分析用のいろいろな仕掛けを入れておき、随時不具合が起きていないかどうかという情報をネットワークにアップロードして統計データとして解析したりしています。こういった取り組みを始めたのは、携帯電話メーカーのなかでも早かったのではないかと思います。

そんなしくみを脈々と続けてきたことで、「これくらいの安定度を保っていれば、市場に出たときの品質はこれくらいになるだろう」というような予測もかなりの確度でつけられるようになりました。つまり、過度のリソースをかけなくても知恵を使えば品質を高められることがわかったわけです。過去からずっとやってきた、知恵を使って少ないパワーで結果を最大化する、という努力は今後も継承していきたいですよね。あとは感性的なところ、ユーザーが使ったときの心地良さなど、プラスαの品質向上により意識を向けて開発していければと思います。

量産直前まで解決できなかった「スライドヨコモーション」の課題とは

「ヨコモーション」を搭載したiモード端末「F903i」
「ヨコモーション」を搭載したiモード端末「F903i」
関連記事 ケータイ新製品SHOW CASE F903i(コバルト)(※2016年11月14日掲載記事)

関口 次に、2006年の「F903i」で実現した「ヨコモーション」ですが、画面を横にして、幅広の画面でWebコンテンツなどを快適に閲覧できるようにする、というのは当時のトレンドのひとつだったように記憶しています。開発を担当した久保さんの側では、そういった機能についてどんな風に当時受け止めていたのでしょう。

久保氏 あの頃は、表現方法がかなり限定されていたiモードブラウザではなく、インターネット上のコンテンツをほぼそのまま表示するフルブラウザが、iモード端末の進化のひとつとしてアピールされていました。それに対して、フリップ型の端末は縦画面だけなので、横画面にもできるようにしたい、という要望が企画部門から出てきました。

横画面はたしかに便利ですし、必要性そのものは私も理解していました。ただ、開閉できるフリップ型の携帯電話は、すでに他社も含めいくつもありましたが、そのプリップ型端末に使っていたフレキシブル基板(単一方向に折り曲げが可能なシート状の基板)では回転動作が難しく、正直、最初はその実現手段が具体的には思いついていなかったんですよね。

そうしたなか、試行錯誤を繰り返して、360°屈曲可能な細線同軸ケーブルを使って、フリップと回転動作を行い、耐久性向上と、小型化をはかる工夫を凝らして、「ヨコモーション」が実現できたということになります。

FCNT株式会社  プロダクト&サービス事業本部 プラットフォーム開発統括部 統括部長 久保洋氏
FCNT株式会社 プロダクト&サービス事業本部 プラットフォーム開発統括部 統括部長 久保洋氏

関口 そして2009年発売の「F-09A」では、画面部分を上方向にスライドさせて、その後画面を回転させるという「スライドヨコモーション」というものに進化しました。

久保氏 「スライドヨコモーション」は、「ヨコモーション」から技術的にはさらに難易度が高かったですね。画面がどんどん大きくなり、タッチパネル式の端末も出てきたことで、画面部分とキー部分とで別れて動くスライドケータイが人気を集めました。その応用で、スライドした後にすぐ横画面で見られるようにしたい、というのが「スライドヨコモーション」のアイデアでした。

ただ、このスライド・スイング動作は、従来の横モーションの時のようにフリップと回転時に細線同軸ケーブルを屈曲させることで成立していましたが、スライド・スイング動作だと細線の屈曲だけではなりたたず、ケーブルが伸び、縮みする挙動が必要でした。

「スライドヨコモーション」搭載の「F-09A」
「スライドヨコモーション」搭載の「F-09A」
関連記事 “スライドヨコモーション”の「F-09A」(※2009年5月19日掲載記事)

関口 過去の他の技術も活用できなかったと。そのあたりはどのようにして解決していったのでしょうか。

久保氏 そこで細線同軸ケーブルを渦巻き状に収納し、渦巻きの部分を大小変化させることで、ケーブル長を収縮させる構造を考えました(下記図1)。同軸ケーブルの挙動を何十、何百通りとシミュレーションし、試作も何度も繰り返しました。

開発途中に製作したスケルトンモデル。透けるケースで細線同軸ケーブルの動きを見えるようにした
開発途中に製作したスケルトンモデル。透けるケースで細線同軸ケーブルの動きを見えるようにした

そうしたなか、数回程度なら想定通りの軌道で動くようにはできました。しかし、何十回か開閉を続けていると、すぐに細線同軸ケーブルが折れ曲がってしまい、ケースの間から飛び出たり、中で絡まったりして全く動かなくる症状に悩まされました。携帯電話は、数十万回という開閉動作、スイング動作をしても問題ないような耐久性をもたせなければいけないのですが、その問題が量産の直前まで解決できなかったんです。

久保氏 形としてはできあがったものの、製品としてお客様に使っていただけるレベルにはならなかった。どうすればいいか悩んで、ケーブルが折れ曲がらないように、その素材の固さ、材質、太さを何十パターンも作って調整していきました。ただ、工場で組み立てるときに、ちょっとでもケーブルに無理な力を加えてクセがついてしまうと、そこから折れ曲がってしまう。そうならない組み立て作業を確立するために、工場の組み立て現場に行って、ケーブルが折れ曲がる要因がどこにあるか、組み立て時のNG作業を全部洗い出していったんです。

関口 聞いているだけで胃が痛くなりそうな途方もない作業ですね……。他の機種でも、生産工程上でそんなきめ細かい検証をするような例はあったんですか。

久保氏 なかったですね。これほどまでに細かく、複雑な組み立てが必要な機種はかつてなかったので、工場の人に「こういう端末を作りたい」と話をしたときには「できるわけないだろう」と一蹴されました。試作段階で時間をかけて組み立ててもミスしてしまうくらいで、量産性がないと。ただ、1つひとつ組み立て工程における注意点を洗い出して、現場の人たちと議論していくうちに、いつのまにか積極的に協力してくれるようになり、なんとか製品化にこぎ着けることができました。

関口 技術的なブレークスルーがあったというより、粘り強くコミュニケーションを続けたことで解決に至ったわけですね。

久保氏 コミュニケーションをしっかりとれたのは大きかったですね。我々の場合、国内に生産工場を持っていて、直接現場に行ってやりとりしやすかったことはかなりのアドバンテージでした。ここまで難しい組み立て手順が必要になるものだと、おそらく海外製造では難しかっただろうと思います。

スケルトンモデル

関口 技術的ハードルの高いモノ作りを何度も重ねてきたわけですが、そうした経験やノウハウは今後のスマートフォンその他製品の開発に、どんな風につながっていきそうでしょうか。

久保氏 ヨコモーションもそうですが、これまでの製品開発では、1機種1機種に「世界初」や「日本初」といった何か驚きのある物をひとつは載せよう、というのを合言葉みたいにしてやってきたところがあります。毎機種とにかくチャレンジする。その時には実現の目処が立っていないけれど、ユーザーに価値として認められる可能性があるのなら、まずはチャレンジしていこうという文化、マインドがあるんですよね。そういうのは今後も継続していきたいなと思っています。

ここまでスマートフォンがコモディティ化すると、「ヨコモーション」のようなハードウェア的な凝ったギミックは搭載しにくくなっていくでしょう。とはいえ、今は環境への配慮など、製品に問われるものが以前から変わってきていますので、別の意味で今までにない視点、切り口の開発が必要になってくるはずです。そこに前向きに取り組んで、驚きという価値提供ができるような開発はこれからもしていきたいなと。

そういうことを何度か経験すると、逆にチャレンジすることがすごく楽しくなってくるんですよね(笑)。今の開発陣にもチャレンジの楽しさと重要性は伝えていきたいですし、実際に社内のアイデアソンなどで次なるチャレンジのネタを仕込むようなことは今も継続してやっているところです。

部品すら世の中に存在しなかった、ゼロからの虹彩認証開発

虹彩認証機能を初めて搭載したスマートフォン「ARROWS NX F-04G」
虹彩認証機能を初めて搭載したスマートフォン「ARROWS NX F-04G」
関連記事 見るだけでロック解除、虹彩認証搭載でフルスペックの「ARROWS NX F-04G」(※2015年5月13日掲載記事)

関口 最後に虹彩認証です。ケータイ Watchでは2015年のMobile World Congressに虹彩認証技術が出展されていて、それについてインタビューもさせていただきました。ところがMWCからわずか3カ月後の2015年5月に、虹彩認証機能を初搭載した「ARROWS NX F-04G」が発売され、あまりの登場の早さにびっくりしました。そもそも虹彩認証という技術はどんな風にして生まれたのでしょうか。

関連記事 [気になるスマホのあの機能] MWCで披露された富士通の虹彩認証システムのすごさ(※2015年4月22日掲載記事)

源馬氏 虹彩認証のしくみを初めて知ったのは2013年のことです。実のところ、そのときはわからないことだらけでした。どんな部品が必要で、どういう理屈で、どのようにして認証を実現できるのかすらわかっていなかったんです。そんなレベルのところから学んでいって、どんな部品を揃えなければいけないのかがわかってくると、なぜか世の中にはまだないものだらけでした。

赤外線カメラも、照射するLEDも、世の中に虹彩認証のためのスペックを満たせるものがなかったので、その部品を作れるメーカーを探すところから始めました。ただ、果たして理論通りに作ったとして実際に認証の仕組みとして満足できるものになるのか、というのもわかっていなくて、目指すべきゴールはあるけれど、本当にそこまで目指せるのか、という不安を常に抱えながら進めていったことを覚えています。

FCNT株式会社  プロダクト&サービス事業本部 ソフトウェア開発統括部  第四開発部 源馬正記氏
FCNT株式会社 プロダクト&サービス事業本部 ソフトウェア開発統括部 第四開発部 源馬正記氏

関口 それはかなり厳しい……。「ヨコモーション」も似た状況でしたが、理論しかなく、技術的に目処がつかないなかで始めるようなことって、それまでにもあったのでしょうか。

源馬氏 いえ、これは特殊なケースだったとは思います。通常は目的とする機能を実現するハードウェアがあって、ソフトウェアもあって、それをうまく端末に組み込めるように開発するというのが一般的なやり方ですから……。

関口 物として存在しないなかで虹彩認証の話が出たことになるわけですが、そのときはみなさんどう思われましたか。

源馬氏 虹彩認証は、静脈認証と並んで他人の受け入れ率が約100万分の1と低く、指紋認証や顔認証よりはるかに精度が高い技術で、理論上セキュリティをより強固にできるものであることはわかっていました。ただ、そこまでの高度な技術を本当にスマートフォンの小さなボディに入れられるのかは不安でした。

一方で、せっかくスマートフォンに搭載するのであれば、きちんとユーザーに使ってもらえる魅力ある要素にしなければ、とも考えました。苦労して作った機能が全然使われない宝の持ち腐れになってしまっては意味がありませんので。

関口 セキュリティを強固にすると、一般的には使い勝手が損なわれてしまいがちですが、そうならないように、うまくユーザーにとって価値のある使いやすい技術にしようと考えたということですね。ところで、最初の段階では実現の見通しが立っていなかったわけですが、目処がついたのはいつ頃でしょうか。

源馬氏 これならなんとかいけるだろうという見通しが立ったのは、本格的に開発を始めてから8カ月くらいたった頃、2014年の夏でしたね。もちろん、いきなりスマートフォンに組み込むのはハードルが高いので、ベンダーに必要な部品を作ってもらってから、まずはそれを既存の端末に外付けアタッチメントで接続するモジュールとして作りました。

それで実際に虹彩認証ができるかどうかを確認して、2015年のMWCではカバーつけるなどして体裁を整えたブラッシュアップ版を展示しました。そのときには、実はすでに並行してスマートフォンに内蔵可能な装置開発も進めていて、端末に組み込んだ状態のものも存在していたんですけど。

MWCに展示された、外部モジュールで虹彩認証機能を実装していた試作機
MWCに展示された、外部モジュールで虹彩認証機能を実装していた試作機

関口 あのときはもう、ほぼ製品に近い形のものがあったんですね。すごい! ちなみに虹彩認証は他社も同時期に開発していたようですが、当時はみなさんご存じでしたか。

源馬氏 2014年の後半には他社も開発しているということがなんとなく伝わってはきていました。「負けていられないな」という気持ちもあったのですが、我々より早くから取り組みを始めていたらしいので、向こうが先に製品化するかも、とも思っていたんです。ところが、2014年の秋モデルでも他社製品には虹彩認証が搭載されておらず、我々が先に2015年春モデルで搭載できましたので、結果的に我々が世界初の虹彩認証搭載スマートフォンを開発した、ということになったんですよね。

関口 図らずとも巻き返す形になったんですね。そのあたりはやはり、どうにかして先に出すぞ、みたいな気持ちもあったんですか。

源馬氏 他社よりも先に出す、ということよりも、2015年発売のモデルには必ず出してやろう、間に合わせようという思いはありました。ただし、虹彩認証のセキュリティの高さと、一瞬で認証できるというスピードの速さ、そういった特長をきちんと活かしたうえで、端末を使うユーザーの立場に立って、とにかくスムーズに使えることを目指して、そのためには自分たちが何をしなければいけないのかを毎日毎日、メンバーでアイデア出し合いながら進めていきました。

もちろん、開発メンバーだけでなく、技術として洗練した物を出すために、機能を評価する1,000人規模のテストユーザーも社内で集めました。世の中に製品として出てからどれだけの数の人が虹彩認証を問題なく使えるのか、逆にどれだけ使えない人が出てくるのか、あらかじめ評価しなければいけませんから。

社内のあちこちに協力をお願いして、虹彩認証をテストしていったんですが、どうしても認証できない人ももちろん出てきました。大きな課題の1つは、メガネの反射で目の虹彩をきちんと認識できないというもので、メガネの厚みなども原因の1つになっていたんです。ひたすら目の画像を見ながら分析して原因を探り、機能改善していく作業を2〜3カ月間、ずっとやり続けました。

ARROWS NX F-04Gの赤外線カメラ
ARROWS NX F-04Gの赤外線カメラ
関連記事 F-04Gの虹彩認証はおめめパッチリじゃなくても使用可能【ARROWS NX F-04G】(※2015年6月5日掲載記事)

関口 気の遠くなりそうな作業ですね。ちなみに、先ほど「スムーズに使えること」というお話がありましたが、インターフェース面でも苦労されたところはあったんでしょうか。

源馬氏 ユーザーが触れるUIのところは、やはりこだわりました。虹彩を登録するときのUI、認証するときのUI、そういった場面のユーザビリティをユーザーが負担に感じないように、さまざまなアイデアを日々議論して試行錯誤し、何度もやり直しながら作っていきました。社内のみんな声で揉まれたおかげで、いいものができたと思っています。

また、スムーズに使えるように、という点では、電源キーを押した瞬間にカメラ機能を優先的に起動する、といった工夫も盛り込んでいます。スマートフォンにおいてカメラの起動は一番時間がかかるところです。カメラ映像から取得した虹彩と、保存されている虹彩とのマッチング処理は100〜200msと速いので、そこに至るまでの時間をいかに短縮するかが大事でした。

あとは、赤外線カメラを使っているので、場合によっては衣服が透けるような問題が出ることも考えられました。みなさん、もしかしたらそこまでは気にされていなかったのかもしれませんが、実は衣服が透けないように、というのもきちんと考慮して対策しています。

関口 それは気付きませんでした。今ならAIで顔を判定して処理する、といったやり方もしやすいのかもしれませんが、当時だと難しかったのではないかと思います。他にもさまざまな苦労を重ねて壁を乗り越えてきたかと思いますが、他社が発売した虹彩認証搭載機と比べて、自分たちのほうに分があると感じたところはありますか。

源馬氏 虹彩認証における一番の弱点は、屋外のまぶしい太陽光下で虹彩を認識しにくいことです。それに対するアプローチは開発中からかなり苦心して、対策していました。社内の1,000人試験のなかの100人くらいは屋外でテストするようにしていたくらいです。結果、他社の虹彩認証機能と比べると屋外での認識率の差はかなりあって、我々のF-04Gが6割正しく認識できるとすると、他社製品は1割程度。我々としても頑張ったかいがあったなと思いましたね。

関口 そこまでの差になったんですね! 間違いなくユーザーの使い勝手にも差があったのではないかと思います。しかし、そうやってゼロから作り上げていった虹彩認証ですが、ここしばらくは搭載スマートフォンが登場していません。昨今ですとマスクを装着していることが多く、それでも正しく認証できるという意味ではメリットの大きい技術だと思うのですが、今後搭載機種が発売される予定はないのでしょうか。

源馬氏 私は今も認証絡みの開発に携わっていて、スマートフォンのセキュリティやプライバシーに関わる認証、ロック機能などの開発を続けています。目だけで認証できるという虹彩認証は、たしかにマスクを着けていても気にせず認証できる利点がありますが、現在は虹彩認証に限らずさまざまな認証方式について、進化の状況や使い勝手を評価しながら検討しているところです。

ただ、つい先日、2022年2月24日に発売した「らくらくスマートフォン F-52B」では、同シリーズで初となる指紋認証機能を搭載しています。この実装にあたっては、実際に使っていただくターゲット層のシニアの方が集まっている勉強会などに出向き、みなさんに体験してもらいながら、指の状態による認証のしにくさがないか、UIに難しいところがないかなど、いろいろな意見をいただきながら作り上げてきました。

これからも虹彩認証に限らず、今ユーザーに何が一番求められているか、何がマッチするのかを総合的に判断しながら、スマートフォンの認証機能に取り組み続けていきたいと思っています。我々としては、既存の技術だけでなく、研究中の技術であってもスマートフォンに載せられないかを常にリサーチしていますし、新しい技術を見つけていく活動は継続しています。ですからそういった意味では、これからまったく新しい認証技術がスマートフォンに載る可能性もあるかもしれないですね。

これから30年の新技術、新機能にも期待大

今回は、FCNTの30年の歴史のなかで数多ある代表的な製品や機能のうち、3つについてお話を伺った。新しいものを開発するにあたっては、想像していた以上に大きな困難にぶつかり、しかしそれを個やチーム、あるいは組織の力で克服していったことがわかった。

しかも、ただ新しいことを一番に実現するだけでなく、その先のユーザー体験やノウハウの蓄積といったところも見据えている。これまで培ってきた技術を継承し、将来につながる形で物づくりしてきている。ここはarrowsシリーズの1ユーザーである筆者としても印象深く、今後登場してくるだろう製品にもますます期待感が高まるところ。これからの30年も、これまでの30年と同じように、FCNTはまだ誰も手がけていないゼロからの新しい技術や機能で、ユーザーの我々を驚かせ、ユーザー同士を繋ぎ、楽しませてくれるに違いない。

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